
この話はもう、何度も何度も人に話したり何かに書いたりしているので、自分でも使い古されたネタのようになってしまったのだが。紛うこと無き事実であり、また、最近その話を懐かしそうに父にされたのであえて書く。……「お前は憶えているか?、笑」
子供の頃、草むらや空き地などでカマキリの卵を探すことにハマっていた。それは晩秋か冬の始め頃だったように思う。テレビや図鑑で見たような形状のカマキリの卵巣(らんそう)が欲しくて欲しくて、学校の帰り道などで探し回っていたのである。
ときどき、それは見つかった。だけれど、大抵が孵化した後の空っぽの卵巣……(卵巣というのは裸の卵を守るためにカマキリが出す泡状のもので、その泡で卵を包み込むようにして産卵するのだ。少なからず見た事のある人は多いと思う。さまざまな形状がある)……で、枯れ草や細い木の枝などに、しっかりとくっついていた。よく見かける巾着のようなふっくらとしたものではなく、細くて小さな俵状のものだった。
その時もそうだった。「どうせこれも空っぽ(卵が入っていない)なんだろうな」と思い、枝ごとポキリと折って持ち帰ったのだった。空っぽでも、それは収穫であり、小学生で生き物が大好きだった僕には宝物になる。
自分の部屋の勉強机の横に、以前、家族旅行で獲得した「射的」の景品の、手のひらにのるほどに小さな花瓶が置いてあった。僕は迷わずそこへ、カマキリの卵巣付の細い木の枝を、突き刺しておいた。
……ある日、学校から帰ったら、1階の居間の窓という窓が全部開け放たれていて、何かあったのか?と思われるような状態になっていた。疲れて困ったような顔をした母と、平日休みだった父が、仁王立ちに突っ立って僕に問うた。「お前、何があったかわかるか?」
何があったかなんてわかるはずがない。呆然としていると父は続けて言った。「お前、カマキリの卵を……」そこまで聴いて「あっ!」と思った。もしかしたら、もしかしたら、いつぞや僕が持ち帰ったカマキリの卵が、実は空っぽなんかじゃなくて、中身がちゃんとあって、う、生まれちゃったのか?
「大変だったんだぞ、小さいのがうじゃうじゃ…なんだこれは!と思って行列を辿っていったら、お前の部屋にカマキリの卵があるじゃないか、」「大変だったのよ、気持ち悪い。まったくもう、貴方はそうやって何でも持ち帰って大事に持っているんだから」
口々に責め立てられて「ああー・・・・」とうなだれたのだけれど、虫が苦手な母は、心底気持ち悪そうに困った顔をしていたが、父は僕のことを責めながらもちょっと笑って面白がっている風だった。
「(親指と人さし指でサイズを示しながら)こんなに小さいのに、だな、ちゃんとカマキリの形をしているんだな。あれには驚いたよ。うじゃうじゃ沢山出てきたんで、気持ち悪かったからほうきで外へ掃き出したんだけどな、」
……アゲハチョウやモンシロチョウの幼虫もよく持ち帰って育てて、サナギになって、いつ羽化するのか毎日楽しみにしていたら、学校にいっている間に、、、という事もしょっちゅうだった。その度に、絶好のタイミングでそれを目撃し観察するのは家に居た父と母だったりした。
「いつも、いいところだけ持ってっちゃうんだもんな…」
懲りずに僕はそう思った。カマキリが生まれるところを見たかったのに。