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草木萌ゆる

今に始まった事ではないのだが。

写真は昔から、割と好きだった。インスタントカメラで「こういうのってアートっぽいよな〜」なんて、ゴミ捨て場とかなんでもない空き地とか、草花とか、廃虚になったビルとか、思いがけず出会った昆虫などを撮ったりしていた。だけれど、その程度だった。ただ、撮るだけ。特に腕が良いとか上手いとかいう事は全く無く、ひまつぶしのサブカル的で密かな趣味だった。

デジカメを入手してから、その小さな小さな趣味は少し大きくなって、写真のデータのトリミングを考えたり、肉眼のほうがどうしたって機械より優れているから色調を調整したりしてブログにアップするようになった。これが楽しかった。でもやっぱり、自分的にはサブカル的な趣味でしかなかった。

そういった事をしていると、街中をただぶらぶらしているだけでも、随分とさまざまな物に注意が向くようになる。

……それは例えば、

住宅街や下町の商店街などを見ると、特に「緑化しよう!」というわけでもあるまいが(確かにそういった運動もあるのかもしれないが)、自分の店先や家の周りをきれいな緑や花で飾りたいという人々が意外に多いのだ。

先日、地方へ行ったのだが、やはり庭などをきれいに整えて庭園か花畑のようにしている家々が多かった。ただ楽しむだけなのか、生きる事に難儀を感じて癒されたいと思うのか、その真意はさまざまで定かではない。でもきっと、その緑や花々を、通りすがる人が見て心がなごむという事には違いないから、粋な事だと思った。

都会の下町は狭い。狭いけれど、その空いたスペースを存分に使って鉢植えなどを所狭しと並べている。よくもまぁこんなに透き間無く並べたなぁと感心するほどに、…時には「ここは公道なんじゃ?」と笑ってしまうような場所にはみ出してまで、好きな観葉植物や花鉢を置いている人もこれまた多し。

僕が行った地方は、建物よりも畑や田んぼや自然の林や森のほうがずっと多かったし、民家の家々もみな一様に庭というか敷地が広くて、都会のそれに比べたら楽園のように思えた。僕も緑は大好きだから。面倒くさがりなので自分で育てようとはなかなか思えなかったのだが。眺めるのはいい。

その僕が、最近、あまり手間がかからないサボテン類にハマってしまって、少しずつ集め始め、以前からあったほったらかしの植物の鉢たちにも失敗覚悟で手を入れ始めてしまった事は、ここだけの話。
 
# by espacio697 | 2012-05-19 02:17 | 楽書 | Trackback | Comments(0)
カマキリの卵

この話はもう、何度も何度も人に話したり何かに書いたりしているので、自分でも使い古されたネタのようになってしまったのだが。紛うこと無き事実であり、また、最近その話を懐かしそうに父にされたのであえて書く。……「お前は憶えているか?、笑」

子供の頃、草むらや空き地などでカマキリの卵を探すことにハマっていた。それは晩秋か冬の始め頃だったように思う。テレビや図鑑で見たような形状のカマキリの卵巣(らんそう)が欲しくて欲しくて、学校の帰り道などで探し回っていたのである。

ときどき、それは見つかった。だけれど、大抵が孵化した後の空っぽの卵巣……(卵巣というのは裸の卵を守るためにカマキリが出す泡状のもので、その泡で卵を包み込むようにして産卵するのだ。少なからず見た事のある人は多いと思う。さまざまな形状がある)……で、枯れ草や細い木の枝などに、しっかりとくっついていた。よく見かける巾着のようなふっくらとしたものではなく、細くて小さな俵状のものだった。

その時もそうだった。「どうせこれも空っぽ(卵が入っていない)なんだろうな」と思い、枝ごとポキリと折って持ち帰ったのだった。空っぽでも、それは収穫であり、小学生で生き物が大好きだった僕には宝物になる。

自分の部屋の勉強机の横に、以前、家族旅行で獲得した「射的」の景品の、手のひらにのるほどに小さな花瓶が置いてあった。僕は迷わずそこへ、カマキリの卵巣付の細い木の枝を、突き刺しておいた。

……ある日、学校から帰ったら、1階の居間の窓という窓が全部開け放たれていて、何かあったのか?と思われるような状態になっていた。疲れて困ったような顔をした母と、平日休みだった父が、仁王立ちに突っ立って僕に問うた。「お前、何があったかわかるか?」

何があったかなんてわかるはずがない。呆然としていると父は続けて言った。「お前、カマキリの卵を……」そこまで聴いて「あっ!」と思った。もしかしたら、もしかしたら、いつぞや僕が持ち帰ったカマキリの卵が、実は空っぽなんかじゃなくて、中身がちゃんとあって、う、生まれちゃったのか?

「大変だったんだぞ、小さいのがうじゃうじゃ…なんだこれは!と思って行列を辿っていったら、お前の部屋にカマキリの卵があるじゃないか、」「大変だったのよ、気持ち悪い。まったくもう、貴方はそうやって何でも持ち帰って大事に持っているんだから」

口々に責め立てられて「ああー・・・・」とうなだれたのだけれど、虫が苦手な母は、心底気持ち悪そうに困った顔をしていたが、父は僕のことを責めながらもちょっと笑って面白がっている風だった。

「(親指と人さし指でサイズを示しながら)こんなに小さいのに、だな、ちゃんとカマキリの形をしているんだな。あれには驚いたよ。うじゃうじゃ沢山出てきたんで、気持ち悪かったからほうきで外へ掃き出したんだけどな、」

……アゲハチョウやモンシロチョウの幼虫もよく持ち帰って育てて、サナギになって、いつ羽化するのか毎日楽しみにしていたら、学校にいっている間に、、、という事もしょっちゅうだった。その度に、絶好のタイミングでそれを目撃し観察するのは家に居た父と母だったりした。

「いつも、いいところだけ持ってっちゃうんだもんな…」

懲りずに僕はそう思った。カマキリが生まれるところを見たかったのに。
 
# by espacio697 | 2012-05-15 15:27 | 楽書 | Trackback | Comments(0)
パンツと雑感

ふと思った。

ちょっと前まで、流行というか僕の苦手な「右へ倣え」的精神で、「ズボン」の事を「パンツ」と無理をして呼んでいた。ダサいとか言われないように、ちょっとカッコつけてた。

でもさ、思ったんだよね。

パンツってパンツじゃん? 下着のパンツじゃん? そう昔から認識して呼んでいたじゃん? ズボンはズボンじゃん? 外出する時とか寒い時とか…まぁ普通に部屋にいる時とかも穿くアウターじゃん?(アウターとかインナーって言葉もどうかと思うが;) 真夏の暑い時は「パンイチ(パンツ一丁)」なんて事もままあるけれど。両方ともひと括りにして「パンツ」とか言ったら、ちょっと混同しちゃうじゃん? わかりにくいじゃん? ……そうじゃん?

英語圏とかでは「パンツ」っていうんだろうけれどさ。別にここは日本じゃん? 無理して外国っぽくしなくてもいいじゃん?



ちなみに某サイトから引用↓

フランス語「jupon (ジュポン)」から。jupon は女性がスカートの内側に履くペチコートのことで、男性が身にまとうゆったりとした衣服をいうアラビア語「djubba」に由来する。幕臣の大久保誠知が「ずぼんと足に入る」と言ったことから、「ズボン」になったとする説もあるが、この語が成立した後に生まれた洒落である。ズボンは幕末から明治にかけて急速に用いられるようになり、漢字も「洋袴」「段袋」「細袴」「股袴」「下袴」「袴服」「穿袴」「短袴」「服筒」「下服」とさまざまな表記がされた。

↑引用おわり。



だから、これから僕は、外着用のパンツは、カッコつけないで「ズボン」って言う事にします。外来語だとか何語だとかなんだとか細かい事は気にしない。ズボン! ズボン! ズボン! ズボン!

デニムとかはちょっとだけカッコつけてジーンズと言うのはやめないでおきます。ジーパンは微妙なのだ。

……それから、僕は仕事以外の本当に本当に楽しいお遊びの趣味が見つかりました。仕事が無くて落ち込む事も減ったので、最近は楽しいです。(上の写真参照)
 
# by espacio697 | 2012-05-12 02:39 | 雑感 | Trackback | Comments(0)
一日にひとつ

何もしないで、否、何もする気が起きなくて、無為に一日が過ぎてしまうと、何かしなければいけないような、自分が自分でないような虚しい気がして、昔の自分は楽しい事ややるべき事を見つけてどんどん突き進んで生きていたはずなのにどうしたもんだか……と思う。困る。とても困る。

だから何でもいい、ただ日常生活の為に洗濯をしたり、掃除をしたり、ほんのちょっとだけ物を移動して片づけたり、料理を作ったり、そのどれか一つでもいい、「一日一個、何かをする」と目標を立てた。

……仕事が入っている時は、そんな悲しい目標は要らないのだけれど。

日常生活以外では、せめて絵をひとつ描くとか、文章や詞(注:詩ではない)を綴るとか、とにかく何か一つの事をする。そうすると少し満ち足りた気分になる、……ような気がする。

だけれど、僕がそんな事を考えて毎日をやっとの思いで生きているなんて、傍からはそう見えないんだってさ。のんびり、呑気に生きているように見えるんだってさ。
 
# by espacio697 | 2012-04-23 03:52 | 楽書 | Trackback | Comments(0)
ファンタジー

ねぇ、知ってた?

この間、古い本を読み返していて、……それは外国の物語なんだけれど、子供の頃にはみんな「自分だけの友達」っていうのがいるものなんだって。それは他の人には見えなかったり、……そう、妖精みたいな?

そんな話をいろいろな外国の本を読んでいて、どれにもそんな事が書いてあって、……うーん、僕にはそんな「友達」はいなかったから、どんな感じのものなのかな?って不思議に思ったんだ。

空想するのかな? 「相手がいるフリ」をするのかな? 本当によくわからないんだけれど、でもきっとそういう感覚があるんだろうなぁ。

……じゃあ、例えば?

ママはよく悲しい顔をしていました。パパが何かママを悲しませることをするからです。ママは何かイヤだなって思ったことを相手に伝えるのが苦手だったみたいで、黙って我慢をしていました。だからパパはわからなかったんだと思います。

それでも時々、我慢が出来なくなるとママはパパとケンカをしていました。泣いたりしていました。ママが泣くとパパはもっと怒ります。ぶったりする時もありました。それはそれはとても怖くて、僕は自分の部屋へ行ってケンカの声が聞こえないフリをしました。妹がおびえていました。「お兄ちゃん、パパとママはどうしてケンカしているの?」…僕だって家の中の空気が冷たく暗くなるのは怖かったから不安で仕方がなかったけれど、それなら年下の妹はもっともっと怖いだろう。だから無理に笑顔で元気な声を作ってこう言いました。「大丈夫だよ、すぐに仲直りするよ」…それでもケンカが深夜まで続いてなかなか静かにならない時はこうも言いました。「安心して。お兄ちゃんがパパとママを仲直りさせてあげるからね。もう寝な」

部屋を出て二人のところへ行き、「ケンカをしないで!」と言いました。でもパパとママは「お前には関係がないだろう! 大人に口出しをするんじゃない!」と言って聴いてくれませんでした。「いいから早く寝ろ!」と逆に怒られました。パパが悪いのは知っているのに、僕には何もできませんでした。そういう時はママも「あなたは早く寝なさい!」と怖い顔をしました。ママを助けたいと思ったのに。

僕はがっかりして自分の部屋へ戻りました。妹が不安に疲れて眠っているのを確認すると、僕はそっと窓を開けました。月が見えました。神様にお願いしようと思いました。「パパがごめんなさいと言って、仲直りしますように、」

でも神様は僕たち家族のことがわからないかもしれない。おじいちゃんならパパのお父さんだから、パパのことを叱ってくれるかもしれない? …ううん、違う。パパはおじいちゃんと電話でよくケンカをしている。だからおじいちゃんが何を言ったってパパは反省しないかもしれない。

……そうだ、おばあちゃんなら? おばあちゃんはずっと前に病気で死んでしまいました。小さかった僕は、病院の待合室のようなところにいて、パパが下を向いて泣きながら戻ってくるのを見ました。死んでしまったおばあちゃんのきれいな顔を見ました。パパはおばあちゃんのことが大好きだったのだと思いました。それならおばあちゃんの言う事なら、聴いて反省して、ママと仲直りをしてくれるかもしれません。

僕は天国にいるおばあちゃんに必死でお願いをしました。電気を消してパジャマを着て、小さく開けた窓から月を見ました。「おばあちゃん、パパがママを悲しませています。どうかパパを叱ってください。パパは悪い子です。おばあちゃんの言うことならきっと一所懸命に聴くと思います。だから、パパを叱ってあげてください。お願いします。……」


……僕は悲しかったり辛かったりすると、ファンタジーの物語を好んでよく読んでいたんだよ。夢のような空想の世界が、僕の心を暗闇から救ってくれたから。読んでいる間は現実を忘れさせてくれたから。

僕の、僕だけの心の友達は、思い出せないけれど、存在さえしなかったのかもしれないけれど、もしかしたら、そんな夢物語を描いた本たちだったのかもしれない?
 
# by espacio697 | 2012-04-19 03:57 | 楽書 | Trackback | Comments(0)
多肉植物

僕の部屋とベランダには、ごくありふれたサボテンがいくつかある。ほとんど世話はしていない。水も1〜2ヶ月に一度ぐらい、思い出したようにしか与えていない。我ながらあんまりだと思う。

それでも活き活きと緑色をしているから不思議だ。ベランダのあまり雨が当たらない場所のサボテンは、まるで木々の葉が紅葉したように赤くなっている。もしかしたら、咽喉が渇いて渇いてかわいそうな事になっているのかもしれない。それでも、その赤いサボテンは美しく、室内の緑のサボテンの色違いの品種かと思ってしまう。

トゲのない多肉植物もある。名前もわからないのだが、水をたっぷり含んだような細かい粒々の葉の部分が青々としている。それも放置しっぱなしで世話をしていないが元気なのだ。

テレビで多肉植物についての番組をやっていた。巷で流行っているらしい。その種類や色彩はとても豊富で、うっとりと画面を見つめてしまった。さぞかしあれやこれやと世話をやいているのだろうと思ったらそうでもないらしい。もっとも簡単な植物なのだそうだ。中には日光に当て過ぎてはいけなく部分的に遮光をしなければならない品種もあるらしいのだが、僕のやり方はあながち間違いではないらしかった。

あまり世話がかからないのに目を楽しませてくれるなんて、なんだか申しわけないような気がする。集めたくなってしまった。
 
# by espacio697 | 2012-04-16 04:51 | 楽書 | Trackback | Comments(0)
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